いいのよ、眠りなさい。
私の耳元で、彼女はささやく。一つ一つと落ちる雪を数えながら、私が慕う彼女はとは一体何なのだろうと考えた。例えば、彼女がひっそり寝台に横たえられているのを見つけたとしよう。私は彼女が寝ていると思って近付く。閉ざされた瞳、くるりと巻いて鮮やかに長いまつげも、熟れた苺のようにみずみずしい紅の唇も、ふだんと同じく美しい。だが、それがどんなに眠っているかの如く目に映ろうと、真実は死んでいるのだとすれば、それを知ってしまった私はきっと、いつもと寸分違わぬ彼女のフォルムを目の前にしながらも、彼女の不在に嘆き悲しむのだ。

もう彼女は『いない』と涙にくれるのだ。だとしたら、私はいつも彼女の
何を見て彼女の存在を認識しているのだろう?不可視である何かが、
私に彼女を感じさせる。私が愛してやまないのは、多分、その何かなのだ。
打ち寄せる波となって、眠気がやってきた。
つい先ほど午睡から覚醒したばかりだというのに。
雪を数えたせいだろうか。静寂に満ちた深い湖底の泥に
沈み込んでゆくようだ。

彼女の手は、私の耳の後ろをゆっくりと愛撫している。
私はもう一度彼女を見上げる。彼女は今度は声を出さずに、
唇だけを動かした。
あんしんしてねむりなさい。
彼女の手はいつも私を安らかにさせるのだった。
目を閉じる。たちまちうっとりするほどの心地よさ、
多幸感が私を包み込む。

私の時間の砂が滝壷に向かう水のように恐ろしいスピードで
流れ落ち、ついに彼女の歳を私が越えてしまったと確信したころ、
幼い私に昔彼女がしてくれたように、今度は私から彼女に
子守歌を歌ってあげようとしたことがあった。
優しく揺すってぐっすりと眠らせてやろうとした。
彼女は起き上がって私をきつく抱き締め、いつまでも一緒に
いられたらいいのにね、と呟いた。

NEXT  

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送