彼女は不思議な女性だった。信じられるだろうか、
こうしてすっかり老いさらばえた私と異なり、彼女は今なお若々しく、
夢の中と変わらず美しくいるのだった。
生まれて間も無い私が成長し、大人になり、そして老いぼれゆく様を
見つめながら、彼女は時の流れをいっそうの美に変えこそすれ、
いまだに中年期にすら遠い。

眠っていたのね。彼女はもう一度云い、私の側に歩み来た。
そろそろと私の肩口に触れる。温かみと優しさが指を伝わって私に注がれる。
私はありがとう、と云った。彼女は微笑んだまま、頷く。
その彼女の笑顔に、かすかな愁色がかすめた。
最近になって、彼女がしばしば悲しげに私を見る。
それは、彼女がまだ十分に若く、対して私があまりに
衰えたせいなのだろう。彼女はきっと、
私に比べてほとんど歳を重ねない自分の特殊さを憂いているのだ。

彼女と初めて出会ったとき、わたしはひどく幼く、ひたすら泣くだけの
弱々しい赤子だった。彼女はそんな私を優しく胸に抱き上げ、背をさすった。
幼児のころ、柔らかい春の日だまりに包まれて私は眠った。
うとうとと寝入る間際、彼女は私の枕辺で清々しい緑の絵が描かれた本を
読んでくれた。

少年時代、彼女は窓を一杯に開け、私のために夏の香りのする風を
部屋に招き入れた。涼やかな草の匂いの中で、
彼女は私の爪を丁寧に切った。

大人になったばかりのころ、私は重い病を患った。
吹雪の夜、彼女は色白の肌をなお一層白くさせて、私を医者のところへ連れて行った。熱に浮かされる私を、彼女は幾日も看病し続けた。彼女と暮らした長い長い日々を、時は瞬く間に駆け抜けた。

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